「競技登山」という奇妙な世界へようこそ
登山というスポーツは本質的に人と競うような性質は持っていません。
確かにある未踏峰の頂に誰が一番最初に立つかだとか、あるいはあるコースを誰が一番最初にゴールするかだとか、そういった競争の要素を見出そうと思えばいくらでも見出すことができるでしょうが、しかし登山には「競技」が持っているべき共通のルールは存在しません。
登山に競争の楽しさを見出している方を否定する意図はありませんが、本質的な部分で登山は競うスポーツではなく楽しむスポーツだと思います。
さて、しかしながらやはり人は競うことが好きな生き物です。そのほうがやっていて面白いことも多いですし、何より生き物が競う様子は見ていて面白いのです。
登山に関しても例外ではなく、現在登山の要素を切り取った競技がいくつも存在しています。あまり詳しくはないですがトレランの大会とか、ボルダリングの大会とかがありますね。
実は、登山の要素をすべて詰め込んだ競技も存在しているのです。
それが今回紹介する「競技登山」です。
ここでは僕が実際に出場したことのある高体連主催の競技登山のルールについて説明していきます。
なお、僕は全国大会へは出場したことがないので主に自分の県の県大会のルール説明と思い出話がメインになります。
数年前の知識ですので少し記憶違いしてる部分もあるかと思いますがご了承ください。
目次
チームや勝敗
競技登山は男女別で1チーム4人パーティーで行います。
県大会に関しては各校何チームでも出場可能です。各校それぞれ出せるだけチームを編成しますが、順位がつくのはチームごとではなく高校ごとであり、高校内で潰しあいが発生しないようになっています。
しかし順位はあくまで「Aチームの獲得点の高さ」で決まるので、例えばBチームがAチームより高得点を獲得したとしてもその高校の順位はAチームの獲得点から決まります。ゆえに各校のAチームは通常その高校の最高戦力で編成されます。
競技内容
さて、具体的な競技の内容になります。
競技登山は減点制を採用しており、 ざっくりいうと各チーム最初に100点の持ち点があり、ミスがあるたびに採点項目ごとに減点され、最終的な持ち点が多い順に順位がつきます。
具体的な採点項目については、体力、歩行、読図、気象、知識、記録、計画、設営、炊事、装備、マナーとなります。
大会の日程は通常2泊3日、1日目に計画書を提出、気象と知識のテスト実施、設営と炊事の審査を行い、2日目に指定されたコース(登山道)を歩くなかで体力、歩行、読図、記録、装備の審査を行い、3日目に順位発表と交流会を行うという流れです。
審査項目
体力
2日目の登山中の審査項目で、持ち点として一番多くなっています。減点制なので「早くゴールすればするほど高得点」というわけではなく、「規定時間内にゴールすれば減点なし、規定時間を〇分過ぎるごとに✕点減点」となります。そもそもスタート時に大渋滞ができるのを阻止するためにコースによってはスタート時間をチームごとずらしますし、規定時間も普通の高校生の体力であれば余裕をもってゴールできるよう設定されているので競技登山ではタイムレース的な要素は皆無といえるでしょう。しかし、血気盛んな高校生はゴールした後予備食の棒ラーメンを啜ったり水遊びをして後続に圧倒的余裕を見せつけたくて何が何でもトップでゴールしようとするので無意味なデッドヒートが発生することがあります。
登山の前提である安全に配慮した結果ですのでこのあり方に不満は一切ありませんが、競争らしい要素が排除されたことにより競技登山は「高校総体の競技の中で最も観戦していてつまらない競技」だと思っています。ちなみに、審査員にめっちゃ監視されるので競技者側もふつうに楽しくない。
体力点の補足
また、年により変わりますが、体力点として「ゴール時の規定重量」が追加されることがあります。これはゴール時点でのパーティーのザックの合計重量が規定の重量に達していないと減点、というものです。
また、これも年によりますがコース上に「特区」が設けられることもあります。これはこの特区を規定時間内に通過しないと減点、というもので、コース上の急登区間を△分以内で登らなければ超過した時間だけ減点になります。かなりきつい時間設定なことが多く、特区が設定されている年はここが勝負の分かれ目になることが多いです。
歩行
2日目の登山中、主に歩行技術を見られます。コース上に待ち構える審査員が歩行バランス、パッキング状態、服装、隊列の間隔など全体的な歩行技術を審査します。
この審査員ですが、基本的にかなり接近しないと見えないように隠れていることが多いです。まじで厄介。
しかし一方でクソほどスリップして全員のケツが泥まみれになっていたとしても審査員が見てさえいなければ減点されません。
審査員は県大会の場合は各校の山岳部の顧問です。普通に自校の顧問が審査することもあればライバル校の顧問に審査されることもあります。
この項目はまじで魔境。
読図
2日目の登山中、コース上にはいくつもの目印が設置されており、あらかじめ配布されている地図にその目印があった場所を記入し、ゴール時に審査員に提出するというもの。もちろんGPSの類は使用禁止なので紙の地図とコンパスを使って読図をして現在地を特定しなければなりません。
僕が高校時代大会で読図担当をした2年次と3年次(3年次は読図補佐でしたが)の2回とも読図でひとつもミスをしなかったのは密かな誇りだったりします。(ほかの審査項目でミスをしまくったのは内緒)
気象
1日目、1チーム4人の中から1人だけ気象の机上テストを行います。内容は気象の基本的な知識テストと天気図の作成及び簡単な天気予報。
気象担当は死ぬほど天気図を書いて練習します。しかし満点をとるのはなかなか難しい。
僕は気象担当だった時に完璧な天気図を書いて満点を取ってやろうと意気込み、滑らかで美しい等圧線を書こうとするあまり基準等圧線まで書き直してしまい、減点を食らいました。
知識
これも1日目、気象と同じく4人の中から1人だけ机上テストを行います。内容は大会実施山域の知識と基本的な登山に関する知識テスト。
この気象と知識という2つの机上テストが行われる関係上、全国大会の常連校は大体偏差値が高いです。
4人1パーティ―なので読図、気象、知識、そして後述の記録はそれぞれ一人づつ受け持つことが多く、そのうち気象と知識は2日目の登山中特にやることがないので歩行ニートと呼ばれます。
記録
記録担当は2日目の登山中一番辛い思いをします。
記録は特定の場所の通過時間や植生、天気、その他情報が記録用紙に記載されているかを審査されます。この特定の場所や、どの情報が審査対象となるかは事前に知らされていませんので、ガチで勝ちに行くなら考えうる限りすべての特徴あるポイントで考えうる限りすべての情報を記載する必要があります。1日の行動で5,60箇所の記録を記入することもあります。
ゆえに登山中の作業量は記録担当がずば抜けて多く、休憩中だけでは時間が足りないので歩きながら延々と記録用紙に色々と書かなければならず、非常に体力的にも疲弊するのですが、ルート上に潜む審査員に文字書きながら歩いているところを見られたら減点されかねないので精神的にも疲弊します。
なのでパーティーの先頭は常に目を光らせ、審査員の気配を感じたらすぐさま合図をします。「審査員だ!」とか叫ぶのはさすがにアレなので合言葉を設定します。合言葉は男子の場合はだいたい下ネタです。
計画
計画は計画書を見られます。計画書は1日目に審査員に提出します。内容のどこを見られるかは事前にわかりませんが、かなり多くの項目がチェック対象になります。手書きの概念図や高低図なども必須です。
大会前にみんなで集まり計画書を読み合わせし、ミスがないか、不足がないかを確認しました。
3日目の各校の交流の際に計画書を交換するので交換用の(部員の個人情報部分を消してある)計画書を用意するのですが、これは提出するものではないので原型を留めないくらい全力でふざけて作ります。
設営
1日目、規定時間内に正しくテントの設営ができたかを審査されます。規定時間は10分で、その時間でまっさらな状態から完璧に設営し、荷物もきれいに中に入れている必要があるので4人であらかじめ練習し手際よくできるようにしておかなければなりません。設営完了後、審査員がテントの張り方、中の荷物の状態などを確認します。
県大会では規定時間が過ぎた時点で各チームの指定エリア内にテントやペグが収まっていれば減点にはなりませんでしたが全国大会になると指定のエリアの外に設営中のポールがはみ出したりチームの誰かが出たりしただけで減点対象となるそうです。
自分のチームの設営指定地が木の根だらけの場所だと絶望します。
炊事
1日目、最後の審査がこれです。炊事開始から完成までの間が審査されます。審査員はあらかじめ提出した計画書の食糧計画を見ながら、メニューの内容(カロリーや栄養は考慮されているか)や食材の不足がないか、衛生的か、火器などの取り扱い、ゴミを極力出さない工夫をしているかなどをチェックします。
ちなみに審査項目に「味」は含まれないので(審査員は試食をしない)どんなにゲロマズの飯を錬成しても減点にはなりません。
装備
2日目の登山後に必要な装備を持っているか審査されます。例えばマッチとライターを所持しているかだとか、修理具を所有していて、なおかつ十分な数があるかだとか、防水や絶縁がきちんとされているかだとかそういったところをチェックされます。
また、非常食のカロリー量なども確認されるときがあります。カロリーメイトひと箱程度では不足とみなされます。
ヘッテンの絶縁処理とかツェルトの有無とかは毎年見られました。結構大事ですからね。
マナー
よほどのことがなければ減点にはならなかったのであまり覚えていない項目です。他の高校の妨害をしたり一般的な常識を破ったりしなければ減点にはならないと思います。
競技登山で勝つためにしていたこと
県大会のある6月まで強豪校の山岳部は何度も「下見」を行います。最初の下見は1年生が入る前、大会の前年の秋口に行ったりします。春も2,3回ほど下見を行い、ルートを確認し、どのあたりが読図の目印が行われるかを確認したり、本番を意識した記録を作成したりします。
また、県大会では3年生中心の最高戦力で挑み、優勝して出場権を得た全国大会へは1年や2年を中心とした若手を中心にしたメンバーが出場し、来年もまた県大会で優勝するために経験を積む、というスタイルが多いようです。
登山を競技化することに対する疑問と意義
競技登山は特に全国大会などでは出場者曰く「常に監視されている」ため非常に楽しくないらしいです。県大会はそこまででもありませんでしたがやはり大会ではない登山の方がずっと楽しかったですし、色々と嫌な思いをしたことがありました。
高校の時大会がらみで、自分の未熟さゆえに先輩や同期、特に後輩には本当に迷惑をかけ、嫌な思いをさせてしまったことは今でも時折思い出します。
僕のせいでもありますが、競技登山がなければ今は山をやめてしまった人のうち何人かは現在でも楽しく山を登っていたのではないか…とそんなことを思ってしまうことがあります。
今でも私は最初に述べた通り、登山は誰かと競うものではないと思っています。強いていうなら自分との戦いです。他人と戦う必要性はありません。それは登山競技の運営方や顧問の先生方も十分承知している点だと思います。
では、競技登山が存在している理由、意義とはいったい何なのでしょうか。
それはおそらく今後、進学したり社会に出た後で登山を続けていくかもしれない高校生に基本的な登山の総合力を身につけてもらうことにあるのではないかと思います。
登山というのは体力、技術、知識、装備、安全意識、判断力など様々な要素が必要であり、どれか1つの要素だけ極めたプロフェッショナルではなくすべての要素を持つゼネラリスト?であることが求められるスポーツだと思います。
そうした総合力、これを多くの若者に身につけてもらうためには競技という形にするのが一番手っ取り早いのでしょう。
登山競技の意義は、多くの仲間と競い合う中で自立した登山者としてのスキルを向上させるところにあります。自立した登山者とは、例えば以下のような要件を備えた人のことをいいます。
○ 自分で山行計画を立てられる。
○ 自分で(体力的・時間的に余裕をもって)登って下りてくることができる。
○ 自分で地図を読み、現在地を把握したり先を見通したりできる。
○ 自分である程度天気を予測し、行動に反映させることができる。
○ 自分で野外生活ができる。
○ 山行を通して得た経験を、次の山行に活かすことができる。
こうしたスキルを磨く機会として登山競技はあります。もちろん競技である以上、優劣の差をつけなければなりません(そのため通常の登山の感覚からは理解しづらい審査項目があるかも知れません)。
しかしこの県大会の趣旨は本来そこにはなく、自らの登山スキルを高めようとする努力の過程にこそあるのです。
今回の大会を通して得たことを、これからの「自分の」山行に活かしてほしいと思います。
引用元
記事を書いていると何だか昔のことを思い出してしまってなんだか真面目な話になってしまいました…笑
それでは今回はここまで、長かったですが最後まで読んでくださりありがとうございます。
インターハイの時期になるとインターハイの公式?サイトで登山競技の様子を写したライブカメラが閲覧できるのでぜひ見てみてください。観戦が最もつまらない競技だと言った意味がよくわかっていただけると思います。