新海誠の作品について語ろうと思う【君の名は。】ほか
※この記事は本ブログの趣旨とは完全に乖離しています。でもストレスが溜まっているので好きなことをダラダラと語りたかったのです。マジで輪にかけて駄文です。どうかお許しください。
あの日のことは今でも覚えている。
2015年12月11日、大学受験を控えた僕の目の前に希望の光が差し込んだのです。
そう、新海誠の新作発表です。この日が、かの大ヒット劇場アニメ「君の名は。」が発表された記念すべき日なのです。
慌てて公式サイトや特報を隅々まで閲覧した後、彼の個人のサイトを確認しいき、とある一文に目が留まったとき、ぼかぁ、こう思ったね、
追記。最後に、この個人サイトを見てくださるような、昔からの(ディープな)ファンの方々へ。『君の名は。』には、僕の過去作のモチーフもたっぷりと盛りこまれています。もちろん新しい要素も多くありますが、過去作を熱心に観てくださっていた方ほど、連続性や語り直し、アップデートに気づいていただけるはずです。子供から大人まで多くの観客に楽しんでいただける映画を目指していますが、この映画を最も楽しむことができるのは、やはり皆さんです。今作でもぜひ、映画館に足を運んでいただけると嬉しいです。
100回は見に行きます!!!!
まあ3回しか見に行かなかったんだけどね。
でも、ほんとに楽しみだったんですよ、当時から新海誠作品の大ファンだったから。
ともあれ絶対に現役合格して心ゆくまでこの「君の名は。」を観賞しようと決意し、大学に合格したのですが、その大学の入学式の前日、とんでもなくうれしいニュースが飛び込んできました。
RAD?????????????!!!!???????!????!!!!
僕の一番好きだったバンドです。当時少しずつメディアへの露出が増えてきてはいましたが、まさか劇場アニメの音楽を担当するとは考えてもいませんでした。
だからぼかぁ、大興奮してこう思ったね、
1000回見に行きます!!!!
まあ、3回しか(以下略)
でも、新海誠の作品は好きな人は好きだけど一般の人で知っている人はほとんどいないし、そもそも彼の映画を見れる映画館が僕の地元だとひとつしかなかったし、彼の作風からしてあんな感じ*1だし、なんていうか作品全体に圧倒的に笑いの要素が皆無だし、大ヒットはしないだろうな~と考えていました。
いや、正直なところ、ヒットしないだろうなとすら考えなかった。だって新海作品は僕のなかではヒットするしないの軸から外れたところにあったのだから。
だからこそ新海作品始まって以来どころか、あのジブリをも越えんばかりの勢いで空前の大ヒットをかましたのはびっくりしたし、それは自分が応援してきた人が大成功を収めたということだからこんなに嬉しいことはないのだけれど、でもほんの少し「仲の良かったパッとしない友達が突然クラスの人気者になった」みたいな寂しさがあります。
さて、僕の「君の名は。」に対する感想ですが、
最高かよ???????
です。
なんだか僕の友人は「大ヒットするほど面白くなくね?」という人が大多数なのですが、え、面白くね?????最高じゃね?????
ミスリードは完璧だったし、三葉はかわいいし、笑い要素もふんだんにあったし、三葉はかわいいし、何度見ても楽しめるような要素が盛りだくさんだし、三葉はかわいいし(中略)何より過去作との繋がりを各所で観ることができて、マジで随所でじーんときた。ファンサービスがすごい。こんなんされたらもうアンタに一生ついていきたくなっちゃうじゃん!!!(一生応援します!!!!!!!)
作品の印象が全然違うから無理にとは言えないけど、でも君の名は。が好きな人は過去作も全部見てみると、また違った楽しみ方ができるんじゃないかな、と思う。
逆に君の名は。が新海誠らしくないと言って批判する古参のファンも多いと耳にしますが、俺は新海誠の作品の根底にあるテーマは一貫していると思うけどな。その辺の感じ方は人によって違うだろうから何とも言えないけど、でも好きなアーティストが作る各品がすべて好きじゃなきゃいけない道理はないと思う。かくいう僕も「星を追う子ども」はあんまり好きじゃない。でもコミック版は結構面白かった
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よく新海作品の代表作品として「秒速5センチメートル」があげられ、鬱で切ないバッドエンドな作品だと語られることが多く、それが新海作品らしさであると認識している人は多いのかなと思います。しかし貴樹はラストシーンでほほえみ、彼女が消えたのとは逆方向に歩きだしています。これは見ようによってはポジティブなラストです。
一方君の名は。では瀧と三葉が再会することができ、完璧なハッピーエンドのように見えます。これが新海作品のテーマである「喪失」に付随する切なさと相反するため新海作品らしくないという意見が出る一因になっているのではないかと思います。しかし二人は通じ合いっていた時の記憶は無くしてしまっているわけですから(これについては別の解釈もできるので後述します)瀧と三葉はカタワレドキのシーンのようなかつての関係性を決して取り戻せないのです。だからこれは必ずしも完璧なハッピーエンドではありません。
新海作品はラストだけで語るべきではないんじゃなかなというのが正直なところです。
さて、この君の名は。のラストシーンですが、ひとつ腑に落ちないことがあります。
それは、なぜ二人は階段ですれ違った際に声をかけるのをためらったのか、ということです。
普通に考えれば、二人は「会ったことがないから」声をかけるのをためらったのでしょう。
瀧はカタワレドキの直後にもう三葉の名前も、誰かも忘れ、就活中のシーンのモノローグではなぜ糸守に行ったのかすら憶えていないと述べていますからその説明は筋が通っています。自分はずっとこの人を探していたのではないかという気がしたのに、会ったことは無いから声をかけるのをためらった、ということでしょうか。
ところが対照的に三葉に関しては、彼女が瀧のことを忘れていると示す確実なセリフや描写はありません(たぶん)。
カタワレドキのあとは「名前が思い出せない」という趣旨のことは言っていますし、名前は忘れてしまっていることは間違いないでしょう。しかし、彼女はカタワレドキのシーンで手のひらに例のセリフを書かれているわけですから、再会したこのリクルートスーツの青年は名前は忘れてしまったけれどかつて自分と通じ合っていて、自分を助けてくれた人なのだということを憶えているんじゃないかとふと思いました。
瀧はモノローグなどから間違いなく三葉の存在すら忘れてしまっていることが伺えますが、対する三葉はそう断言できる描写はないのです(たぶんね)。偶然にしてはあまりに対照的です。
ではその三葉がなぜ声をかけるのをためらったかといえば、一度彼女は瀧に認識してもらえなかったことがあるからだと説明できます。組紐を渡すシーンです。その時彼女はショックからか髪の毛をバッサリいっちゃうほどショックを受けていますし、また認識してもらえないのではないかという恐れから声をかけられなかったのではないでしょうか。
(このへん、オーディオコメンタリーとかで監督がしゃべってそうだし確認してから記事を公開したいけどまあいっか…)
と、なんか長々と書いていますがこれは僕の希望的観測です。バイアスがかかっています。そうだったらいいなと思ったことに理論武装させているだけです。
4/10追記:小説版では三葉はきちんと?瀧のことを忘れているようでした。
どんな作品にも正しい解釈などあってほしくありません。僕がそうしたようにこうやって色々と想像し解釈するのも作品の楽しみ方の一つだと思います。
何はともあれ、新海誠の最新作、「天気の子」が発表されましたね。
予告編が楽しみです。新海作品の予告編は一時期「本編より面白い」とすら言われていたらしいほど完成度が高いです。良く聴くと本編と予告編のセリフがちょっと違うとこあるのも驚き。予告編の面白さに関してはジブリのそれを凌駕しています。(ていうかジブリの予告編ぶっちゃけ全然わくわくしなくね???)
たぶん近日中には最初の公開されると思うのでそれを楽しみに色々頑張っていきたいな、と思います。
※記事中の君の名は。の解釈について、調べた限りではおりませんでしたが、既にどなたかが同様の解釈をしているかもしれません。その場合はパクリではなく単なる解釈の一致であると捉えていただけると幸いです。好きなことに関しては嘘はつきません。もし似たような解釈をしておられる方がいましたら、あるいはまったく違う解釈をした方でもぜひお声がけくださればと思います。心行くまで新海作品について語り合いましょう!